G-XLQ15Y1J2Y

酔っ払える女、羨ましい。

くさし日記
記事内に広告が含まれています。

酔っ払える女が羨ましい。

自分で自分のことを制御不能になることに恐れないその勇気が

私にはない。

自分で自分の舵をとれなくなって、他人に身をゆだねるなど

私にはできない。

お酒はもともと強くない。

こめかみがドクンドクンしてきたら、

私の中の「しっかりしなきゃ!!」センサーが、いつもよりいっそう強く働く。

もう一人の自分が、制御不能になっていく自分に対して「情けない」と叱咤するのが聞こえる。

お酒の力を借りていつもより明るくなれたとて、それは周囲に「酔っ払ってる」とみなされて、いつもの私とは違うって、テンション高いって思われる。

それだって本当の私だと思うのに、周囲が思う私はそうじゃないんだって思い知らせれて、テンションがあがるのをひた隠しにしなければならない。

飲み会なんて、修行みたいだ。

自分でどこまで自分を開けるか、

自分自身に対する周囲の認知と、自分の認識の差にどこまで耐えられるか、

そんなことを考えつつ、もうひとつのアタマで「あの人は楽しめてるかな」「グラス、空いてるな」とか、いつも以上に“いい子ちゃん”センサーが働くものだから、すっごく、なんてゆうか、

疲れる。

そもそも飲み会は、やるって決まったときからもう私にとって修行は始まってて、飲み会につく頃にはぐったりしてて、もう早く帰りたいってなってるんだけど。

仕事の飲み会なんて特に。

何を着ていけばいいのか、みんな何を着てくるのか、派手過ぎたら女の先輩から嫌味を言われるだろうか、地味すぎたら仕事とOffの切り替えができないんじゃないか(どうせできないのだけど)

上司にも同僚にも後輩にも嫌味にうつらない服ってどんなだろう?とか、

もうそれだけで疲れるのに、当日は当日で、これはどこに座るのが正解なんだろう?料理は取り分けるべき?乾杯は自分から歩いていくべき?とかとか、、、

常に頭フル回転。

そこに酒が入ったら、もう目ん玉グルグルよね。でもしっかりしなきゃってまっすぐ歩こうとする力が働くから、引力と制止の板挟みで、正直しんどい。どこが天井でどこが地面かわかんなくなる。いろんな意味で。

飲み会の精神的疲労と肉体的倦怠感がハンパない。

そんななか、自分をさらけ出して、平気で自分の舵を他人に受け渡す女をみてると

なんてゆうか、

ムカつく。

なんでムカつくのか考えてみたの。

それは、私にはないものを持っているから。

要は、嫉妬からくる怒り。

そんな風に甘えられることも、自分をさらけ出すことも、私にはできないし、

してたまるか!と思ってる節もある。

「オンナ」であることをどこか受け入れたくない、受け入れられない私は、

「女々しい姿」をさらけ出すのができないのだ。

「カワイイ」というのが、女々しさとほぼ同意義で使われるなら、

私は「カワイイ」とはほど遠いところにいるし、なんならカワイくなりたくないとすら思っている。

それでいて、「カワイイ」を出すことになんの抵抗もなく出せる人に嫉妬したりする。

まったく、自分でも自分がめんどくさい。

飲み会で一番嫌なのは、そんなめんどくさい自分と毎回遭遇しなければいけないことかもしれない。

酔っ払える女がムカつくし羨ましい。

だけどそうはなりたくない。

その狭間でひとり葛藤して、勝手に疲れてるだけ。

飲み会(特に職場の)なんて、私にとって修行であって、

オープンにしたい自分と、そう思ってることを必死で隠そうとする自分との板挟みのなかで

ただただひとり葛藤して疲弊する、拷問みたいな場だ。

もっとフツーに、ラフに、ありのままの自分でいられるようになりたい。

周りの目を気にしすぎる自分を捨てて、自分軸で生きたい。

みなさんは、自分軸で生きてますか?

と、いうことで、

明日もまた、楽しく生きます!!よろしく!

コメント

タイトルとURLをコピーしました