学生時代、親元を離れ県外でひとり暮らしをしていた私のもとを訪ね、
母が遊びに来たことがあった。
あのとき、母を一目みたときの衝撃が、ふいによみがえった。
そう、あの日のことを書こうと思う。
母から、遊びに行くね!と連絡が入った。
田舎暮らしの母が都会まで1人で出てくる。
大丈夫かな?乗り換え間違えずにこれるかな?
そんな心配をしながら最寄りの駅で母の到着を待っていた。
改札口、見慣れた丸いシルエットが遠くから近づいてくる。
前にみたときより一回り小さくなったように感じるそれは、まぎれもなく母だった。
こちらに気づいて笑顔で手を振る母。
良かった、無事についた。ほっと胸をなでおろす。
と、次の瞬間、もう一度母に目をやる。何か、違和感を覚える。
一回り小さくなっただけではない、明らかに何かが、以前の母と何かが違う。
何が違う…??
髪だ。髪型が違う。
いや、頭だ。頭全体が、違う。
そう。母は明らかにカツラをかぶっている。
うそ、なんで?え、なんで?今までカツラなんてかぶってたことなんてないよね?
え、まさか。うそでしょ。髪がないの?それって…病気??
手を振り返した私。一瞬にして私から笑顔は消えさった。
不安と疑問と、得体のしれぬ焦りと
頭の中がドロドロになり、鼓動は早くなった。
そんな私とは対照的に、満面の笑顔で近づいてくる母。
現状を跳ね飛ばそうとするようなその笑顔に、母の強さをみた。
私は、何も聞くことができなかった。
母はきっと、何か重大なことを隠していると確信をもちながら。
駅に着いた母をつれ、私は近所の行きつけの居酒屋へ向かった。
母と一緒にお酒を飲む日が来るなんて。なぜか急に大人になった気分だった。
親子というより友達同士かのように、たわいもないことを話し、二人ともあまり飲まないお酒を
それはそれは甘いお酒ばかりを片手に、つまみを口に運ぶ。
学校はどうなの?彼氏はいるの?母が私に質問する。
終始笑顔で楽しそうだ。
母が笑顔でいればいるほど、私は胸が締め付けられる想いがした。
だからこそ、この楽しいトキを台無しにしたくない、そんな強い想いが私の中に芽生え
私も必要以上に母を笑わせるような話ばかりをしていたようにおもう。
母が途中トイレに立った。
そのときだ。
やっぱりだめだ。
気づかなかったことになんてできない。
どうしたって、違和感が拭えない。
なんで??なんでなの?お母さん。髪がないってことは、白血病とかじゃないの?
それともがん?がん治療?なんで?なんで何も言ってくれないの。
病気を隠そうと、楽しそうにしてくれている?私に会いに来たのも、まさか…
そんな、そんなことないよね!?最期だとか言わないよね!!!ね!お母さん!!
母が席を離れた瞬間から、押し込めてみて見ぬふりをしていたドロドロが、まるでダムが決壊したかのようにあふれ出てきて、次々と、もう、嫌な予感しかしない。
考えれば考えるほど、考えたくないことしか浮かばない。
だめだ。もう。
だめだ、泣くな。わたし。
母がトイレから戻る。
何事もなかったように。そう、笑顔のまま。今までと何も変わらない母が、そこにはいる。
だけど、絶対、母は重大なことを私に隠している。
きこう。
きこう。意を決して、きくしかない。
「お母さん、その…」
「えっ!?なに、なにか変!?」
私の視線に気づいたのか、母は髪に手をやる。
やっぱり、そうなんだ。
「それ……どうしたの?なんで?」
「いや、実はね…」
いやだ怖い。聞きたくない。でも聞きたい。どうしよう、怖い。
「こないだ、友達の結婚式あったじゃない?」
「うん…」
そのときに倒れたとかそんな話かな。
「そのときにね、前髪切りすぎちゃって」
「うん…」
うん。前髪ね。……ん?前髪??へ?いま、なんて?
「それで、隠すためにウィッグ買ってみたんだけど、やっぱり変??」
ほぇ????
ウィッグ???
前髪?????
へ????
「やっぱり変かな??ズレてる??」
いや、母は私に心配をかけまいと嘘をついている。きっとそうだ。
「うそ、髪がなくなったんじゃないの?なんか、病気とか…」
「ははははーーーー!!!違うよ!!だから、前髪切りすぎただけだってば!!
なーんだ、そう思ってたの??ごめんね!違う違うはははははーーーwwww」
っっっっって、
なんだそれ!!!!!
私の心配や不安や焦り、あのドロドロはなんだったんだー!!!!
もうーーーー前髪かい!!カツラの理由は前髪の切りすぎかいっっ!!なんだそれっ!!
にしても、元気で良かった。ほんとに。元気そうで何より。あーもー、びっくりしたwww
というか、前髪切りすぎたからウィッグ??え、全然似合ってないし!w
なんなら後ろにずれちゃって、余計おでこ全開で、明らかに、変!!!!w
「なーーーーーんだ、それだけーーー???
絶対変だよ!!かぶらない方がいいよ!あーーーなんだーーー良かったーーー」
理由がわかってから母の顔を見るとさっきとは全然違う感情で、
もう可笑しくておかしくて、笑い転げるように笑って、それはそれで
泣くのをこらえるのが大変だった。
そんなこんなで、
母を駅まで見送り、
今度こそちゃんと心から笑顔で手を振り
母の一人旅も無事終了し、
私が心配したことなんて1ミリも当たらず、元気な母の姿を見ることができたという平和な日常となった。
あーーーほんっとに、
良かったっっっ!!!!!!
と、いうことで、
明日もまた、楽しく生きます!よろしく!!


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