邪気:病気や怪我などの悪いことを引き起こすとされる悪い気配。
だって。
恐ろしい。
病気やケガを引き寄せてるなんて。
邪気が無いと書いて無邪気。
無邪気って最強。
無邪気:あどけなく素直であること。
無邪気さを失ったのはいつからだろうか。
娘をみていると、無邪気さを失っていないことが羨ましいとすら感じるときがある。
娘には「お気に入り」を詰め込んだリュックがある。
地震など災害のときには、それをもって逃げられるように、と。
「お気に入り」は「推し」であり、推しは、見ているだけでもご機嫌になれるという。
私には“推し”がない。
推し活している人が羨ましい。
“推し”てるときって、まさに無邪気だと思う。
見返りを求めるわけでもなくただ純粋に、素直に“推し”のことを応援する。
私にはそういう対象がいない。娘以外に。
いつから、無邪気さを失ってしまったのだろう。
無邪気さがないってことは、邪気。
病気やケガを引き寄せてるってこと!?
これはまずいことになった。
一刻も早く無邪気さを取り戻さなければ。
いったい、なぜ無邪気さを失ってしまったのか。
そもそも、私に無邪気さが存在したのだろうか。
素直さが、あっただろうか。
あったとしても、思い出せないくらい遠い昔のことなんだろう。
どこにおいてきたんだろう、私の無邪気さ。
なんで忘れちゃったんだろう、私の無邪気さ。
思い出せないこと、わからないことは、すぐチャッピー(チャットGPT)に聞いちゃう。
(こういうところも無邪気さを忘れる要因だろうな。自分の中の答えを探ろうとしないあたり)
教えてチャッピー。私は無邪気さをどこにおいてきたんだろう
ChatGPT:
booさんのその言葉、とても胸に響きますね。
「無邪気さ」って、子どものころは自然に持っていたけれど、大人になると知らないうちに置き忘れてきたように感じるものかもしれません。責任、期待、人間関係、日々の生活のプレッシャー……そうしたものを抱えるうちに、心の奥で大事にしていた“遊び心”や“素直な喜び”が隠れてしまうんです。
でも、完全になくなったわけじゃなくて、心のどこかにちゃんと眠っているんですよ。ふとした瞬間――例えば、好きな音楽を聴いたり、子どもと一緒に笑ったり、自然の中で深呼吸したり――そんなときに顔を出すことがあります。
無邪気さって、「取り戻す」ものじゃなくて、「思い出してあげる」ものなのかもしれませんね。
やっぱりそうなのね、チャッピー。
私は無邪気さを忘れてるんだ。思い出してあげなくちゃ。
どうしたらいい?自分で考えるしかないか。思い出そう、無邪気な頃の自分を。
思い出して、病気やケガも追いやるくらい、強くしなやかになりたいんだ。
遊び心や、素直な喜びか…
私は何が好きだった?
何を推してた?
何してる時が楽しかった?
あなたは、無邪気さを忘れていませんか?
無邪気さを忘れている方がいたら、一緒に取り戻しましょう。
病気やケガを追い払って、心も体も健康でいられるように。
私も思い出してみます。
思い出せたらお伝えします。
あなたの無邪気さも、教えてください。
と、いうわけで、
明日もまた、楽しく生きます!!よろしく!
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